とびしま海道に古くから伝わる神楽「蒲刈神楽」を後世に伝えよう!3
第3回です。
今回は、蒲刈町誌民俗編で蒲刈神楽の歴史を調べたので、そちらを紹介します。
向の神楽は戦後途絶えていましたが、高、是方、下岡さんたちの呼びかけにより、地区の高校生たちが「神楽友の会」を結成して昭和52年に復活しました。
現在、向青年会のInstagramやとびしまバイブル(ブログ)で神楽を紹介していますが、「神楽友の会」は今もあります。
人口が減ったので向青年会メンバーが掛け持ちしています。
蒲刈(上蒲刈島・下蒲刈島両島)の神楽は、脇大夫が舞っていました。
下島(下蒲刈島)から内藤家が大浦まで出向いていました。
神楽は明治時代まで行われていました。
その時には、専属の脇大夫が神楽を舞っていました。
神主、楽士、大夫がいました。
正式な神楽はそのような専門の人がいました。
脇大夫がダイバや吉丸などを余興に舞っていたのが伝えられました。
宮盛では器用な一般の人が真似たもので、田戸、向では終戦近くまで脇大夫が舞っていましたが、その後高度経済成長で忙しくなり、後継者が出ませんでした。
下蒲刈島では一切なくなってしまいました。
現在は、上蒲刈島の宮盛区と向区で神楽が奉納されています。
ぜひとも両地区の神楽をごらんください!
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